昭和44年の決勝戦のことで、延長18回で決着がつかず再試合になり東松山の優勝で決着したが、負けた三沢高校にも惜しみない拍手を得たのは言うまでもない。まさに記憶に残る熱戦だった。お互いにあのころは若かったよねと、いつしかソノ頃に廃止した都電の話など、古いことばかりの老人会の会話のようでもある。
何年か前に、石神井公園へは何度か足を運んだ。東京の限定的な一部を除き、都電の殆どが姿を消して久しい。公園の周りにはごつごつした敷石があり、都電の周りに敷かれていた大理石を転用したものという。見た目は素晴らしいが、車椅子で通行するのは心地が悪い。他人に車椅子を押してもらうにしても、凹凸を細かく拾い、その振動にはつらいものがあった。
隣接する三宝寺池の脇は板張りになっていて、比べるまでもなく、車椅子には快適そのもので,訪ねるときは奥の池を選んで行く。四季折々に心和む雰囲気だが、新緑の季節がなんといっても清々する。メタセコイアの樹林も見事で、ずっと昔は、環境の良い小金井よりも石神井公園の周辺は都内の金持ちの高級別荘地だったという。メタセコイアの樹林の中を抜ける風は、夏の暑さを忘れさせるほどの爽快感があり心地よい。

