2010年08月09日

風塵徒然草 2010 Aug 09

ときに時間つぶしのつもりか、よく遊びにくる友人には、現在とか今後のことを話そうと合言葉のようにいうくせに、いつしか回顧的に昔話になる。やはり、お互いにそういう年令になったことの証明だと、思わず苦笑いする。ひとしきり古い高校野球の熱戦のことを思い出した。
昭和44年の決勝戦のことで、延長18回で決着がつかず再試合になり東松山の優勝で決着したが、負けた三沢高校にも惜しみない拍手を得たのは言うまでもない。まさに記憶に残る熱戦だった。お互いにあのころは若かったよねと、いつしかソノ頃に廃止した都電の話など、古いことばかりの老人会の会話のようでもある。
何年か前に、石神井公園へは何度か足を運んだ。東京の限定的な一部を除き、都電の殆どが姿を消して久しい。公園の周りにはごつごつした敷石があり、都電の周りに敷かれていた大理石を転用したものという。見た目は素晴らしいが、車椅子で通行するのは心地が悪い。他人に車椅子を押してもらうにしても、凹凸を細かく拾い、その振動にはつらいものがあった。
隣接する三宝寺池の脇は板張りになっていて、比べるまでもなく、車椅子には快適そのもので,訪ねるときは奥の池を選んで行く。四季折々に心和む雰囲気だが、新緑の季節がなんといっても清々する。メタセコイアの樹林も見事で、ずっと昔は、環境の良い小金井よりも石神井公園の周辺は都内の金持ちの高級別荘地だったという。メタセコイアの樹林の中を抜ける風は、夏の暑さを忘れさせるほどの爽快感があり心地よい。coco.jpg
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2010年08月08日

風塵徒然草 2010 Aug 08

数字の8の並びが中国では縁起が良いとのことで、二年前の今日の夜の8時8分に北京五輪の開幕となった。
そのご時を経て、今は上海万博をやっており、さすがに人口の多い国ゆえ盛況ようで、歳月が過ぎるのは実に早い。
当時を振り返れば安倍元首相は、複数の自民党議員から敗北の責任をとり降板すべきだという趣旨のことを、目の前で批判され、聞き入る姿がカメラに捉えられていたが、どこかの医師が急性ストレス性衰弱の一歩手前と診断しそうな表情に見えた。反省すべき点は反省してとおっしゃっていたものの、結果が出てから反省しても覆水は盆に返らずである。
そもそも「覆水(こぼれた水)」がお盆に返らずという言い方も、本来は、いちど離婚した夫婦は元通りにはならないという意味らしいので出典を調べてみた。
周の建国の功臣とされる太公望・呂尚は、ずっと本ばかり読んでいてまったく仕事をしなかったという。あまりの貧しさに妻が離婚を申し出たとか。それがやがて周の文王に見出されて頭角をあらわし斉の国王と出世した。もとの妻が臆面もなく、おずおずと復縁を願いでた。そのとき呂尚は、鉢(盆)に入れた水を地面にまいて言った。「お前は私のもとを去ったのに、今こうして復縁を迫る。でも鉢から一度こぼれた水は、二度ともとの容器には戻らないのだよ」と。
再チャレンジというのは、どうやらそのままやり直すという意味ではないことが、このことわざからも覗える。タイムスリップをしたかのように、政界は同じ光景を展開している。
折りしもお盆だが、勿論、フクスイという人がお盆には里へ帰らないという意味ではない。娘健康的.jpg
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2010年08月07日

風塵徒然草 2010 Aug 07

暦の上では立秋になり、夏の便りも残暑見舞いへと替わる節目だが、加齢ゆえか今年はやけに暑さが体に堪える。
日本は、事実無根の個人的誹謗中傷は例外だけれど、報道の自由がありさまざまなことが瞬時に報道され、それによって国民も概略を知ることになる。それに対して中国の場合は、ときに不都合なことには規制がある。なのに、他国日本のことには熱心過ぎるほどに詳細を報じるのが早い。
現在騒がれている100才超の老人の所在が把握されていないという問題が表面化したことを、翌日には詳報が出ていた。
鳩山さんの口真似ではないけれど、異例とも思える速さで中国で詳細が報道され、記事を読んで「貴方たちに言われたくないな」という思いがしたけれど、実に正鵠を射た指摘だと感心する。日本社会は肉親の情を喪失していることを反省すべきだと。独居老人の孤独死が頻繁に発生しており、肉親の情の喪失は高齢化した日本社会を突く暗流だとも指摘している。
ご丁寧にも北京日報は一頁を割いて特集し「高齢者の所在不明は統計の信憑性に影響を与えるだけではなく、深刻化する高齢化問題で法律、行政、介護制度などで多くの欠陥に直面していることを明確に示している、との説明もその通りだ。日本国内の報道を読んでいるような錯覚に陥った。なるほど他国のことは冷静に分析できるものではある。
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2010年08月06日

風塵徒然草 2010 Aug 06

口は災いの元というのは、万人に共通する教訓だが、政治家の言葉に一貫性がなければ失言と同様に、それらのことがボディブローのように効いたことが参議院選挙における政権与党民主党の惨敗に繋がった。
夾竹桃の花開くこの時季、本日は数えて65回目の原爆忌。今年は核廃絶のプラハのオバマ演説からの気運からか、国連の事務総長や米国のルース駐日大使も参列して、朝から55,000人が集い式典が開かれていた。
かつて、原爆投下は「仕方が無かった」と感想を述べて世間や被爆者の批判を浴びて防衛大臣の座を降りた。その後の成り行きも含めて久間さんはどんな思いで今日を迎えたのだろうか。
新聞などには、すでに過去の人になり久間さんも忘れ去られ、今度の予算委員会の質疑では、大きな失言はなかったものの衆参ねじれの重圧を実感するには十分すぎる論戦にて、トラがネコに替わったような雰囲気に、野党から菅首相の言葉が軽いなどと指摘されていた。
時の首相が叩かれるのはいつものことで、前首相の鳩山さんも元首相の麻生さんも、ひとくくりにして失言が多いとされていたが、広辞苑によると「失言」は「言ってはいけないことを、不注意で言ってしまうこと。言い誤り。過言」とある。
メディアにたたかれると予見できなかったことは「不注意だった」と後悔したかもしれないが、何故その程度のことが批判されるのかさえ理解していなかったような気がする。
「礼を失した乱暴な言葉」なら暴言。「思うままに言いちらすこと。また、無責任な発言」なら放言という。前言を翻すようではさしずめ消費税発言は、財務相の助言に従いすぎたのか…。信念がないなら妄言のたぐいといわれても仕方が無い。タワー聖路加.jpg
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2010年08月05日

風塵徒然草 2010 Aug 05

三伏の候につき涼を求めて避暑地への旅行もいいだろうと、家族揃ってでかける人もいる。
そこそこ生活が豊かになり、多くの人は生活必需品の殆どを所有しており、新たな需要を掘り起こすのが容易ではないという業者の声も聞く。
自分なりの事情で旅行は無理でも、なにがなんでも世間と同じでなければならないとは思っていない。贅沢をしようと思えば、欲しいものが無いわけではないが、当座生活するのに必要なものはひととおりそろっている。世間もそういう家庭が多いのは確かで、生活の質の向上を求める傾向にあるという。
この夏も海外旅行に沢山の人がでかける予定だというが、なぜか昨年よりは減っているとか。
1ドルが85円ほど、比べれば1ユーロは115円ほどと、様々な要因から円高傾向になり外国旅行は割安らしいが、旅行好きの知人たちは為替レートに影響も無いようで、この夏も一週間のバカンスというから、なんだかんだと云いながら余裕があるんだなと感じる。
輸出が落ちていると伝えられているが、日本の製品は故障が少なく、一度購入すると長く使用することが多いので買い替え需要がおきにくいという。消費者からすれば簡単に壊れては困るわけで、比較的に故障が多い外国製のものは敬遠するのも事実だ。
もの創りに自信と誇りがあり、他国からり信頼が厚かったはずのトヨタ車にリコールが増えているのは、輸出の目玉に翳りが出ているようで気になる。
みんなが切り詰めた生活をすれば、間違いなく経済は沈滞する。不況克服のためには、そこそこに循環する経済が望ましいのだろうが、そういう一方で収入が減った分は割安商品を求めてデフレスパイラルが止まらない。世の中はさまざまではある。 アグリーゼント ホテル前.jpg
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2010年08月04日

風塵徒然草 2010 Aug 04

他人の目をごまかすための装いや行動を「偽装」というが、この何年かは、あれこれ挙げればキリがないほど、世の中がどうにかなってしまったかと思うくらいに新聞沙汰にもなっている。
他人の目をごまかしたつもりでも、なにかの拍子にバレることが多く、内部告発であったり公的監視機関の摘発だったりと、ウソはきっと露見する。
子どものころ、よくないことをしたり、見え透いた嘘をついたりすると、親や近所の年寄りたちに「あんた、そんなことをしてオテントさんに顔向けできるのか」とか「誰も見ていないと思っているかも知れないけれど、そのことを自分の良心として恥ずかしいよね」などと叱られ、反省を迫られた。
元来、日本の文化は恥の文化であり、怪しいと思われただけでも恥と心得、責任の取り方としてことの善し悪しは別として、自害するほどの矜持ある文化を誇る国だった。
他人様に偉そうなことを言える立場ではないが、恥も外聞も棄てて金儲けをして、その金で贅沢をしたところで「幸せ」をかみ締めることはできないと、どこかで気付くべきと思うけれど、テレビのニュースや新聞の紙面からはみ出るほどに多い。
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2010年08月03日

風塵徒然草 2010 Aug 03

時代の変遷とともに生活全般が変わってしまったけれど、衣食住の中でも家屋の変わりようは著しい。
田舎においても近代的家屋が多くなり、都会はなおさらマンションやアパートのような集合住宅では少なくなったが、昔の日本家屋には障子があった。湿度の調節や明り取りとして機能していた。
気候と密接な関係があると推測されるが、中庭に植える白梅なども、花に光が反射して、障子越しに照らされる明かりが和室に入り独特の雰囲気を醸していたのも昔の人の知恵でもある。
知り合いの方が京都の奥地の丹波という所に居られて、今は老夫婦だけの住居として茅葺家は、扉を開放しているととても涼しく、この時期の酷暑も気にならないという書中見舞い状をいただいた。
なんでも洋式になり、古来の日本情緒が消えつつある根本は、家屋構造の変化からきている面もあり、日本独自の良さを捨ててしまったとも言える。
そういえば、女性の着物なども生活のすべてが洋式化して正月や結婚式、あるいは夏の浴衣でもないかぎり、最近は街中で和服の姿をほとんど見かけなくなった。
ベンチに座っている女性が膝を閉じている人が減ったのは、日常的にパンツスタイルが多いから気が緩み無頓着になっているようにも覗える。女性の作法も変わった。
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2010年08月02日

風塵徒然草 2010 Aug 02

知り合いが働いているジェトロ(日本貿易振興機構)は、アフリカ南部のザンビア産コーヒーの販売キャンペーンに乗り出すという。
同国の主な輸出品としては銅などの鉱物資源が知られている。どういう狙いか、他の産品にも宣伝を広め、経済発展を側面から支援するのが当座の目標のようだ。
きくところによれば、すでに中国は資源確保のために、先進国よりも先鞭をつけて様々な支援をしてその国や国民の支持を得て、鉱物資源の掘削に多くの作業員を派遣しており、なぜここにと思うほど大きいチャイナタウンがあるという。
アフリカはモザイクのように色々な国があり、ニュースを聞いても、その国の場所さえ判らず、その都度地図で確認しても分かり難い。
ザンビアは元の国名はローデシアと呼んでいたが、分裂して北ローデシアがザンビア、ニアザランドはマラウイとして独立。南ローデシアがジンバブエとして1980年に独立。今後も国名が変更になる可能性はあり、覚えたところで変わるかも…。
宣伝は宣伝としても、産品のコーヒー味の違いも判らないから出回ったら、これがそうかと思うしかない。 SAVE0006.jpg
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2010年08月01日

風塵徒然草 2010 Aug 01

最近はあぜ道の近くを通ることがないので、想い出の中の出来事だけれど、暑いこの時期に農道脇を通ると、緑の絨毯を敷き詰めたような稲の上から、ときおり吹いてくる青田をわたる風が滲む汗を乾かすようで、真夏ならではの涼感がある。
人の本心を、本当の音色という意味で「ホンネ」という。それに対して、ウソとまではいえないが、ホンネではない意味のことを「タテマエ 」といわれている。
現役で働いている頃よりもぐっと減ったけれど、新居への引越し案内などをもらうと『近所へお越しの際はお立ち寄りください』などと書き添えられるのが一般的。だが、そういうことを真に受けて訪問すれば、大概は迷惑なはず。これはタテマエと理解すべき事柄かと思う。
わが身に置き換えて考えても、訪問客はうれしいものだが、いつまでも居られると、それはそれで持て余す。辞去すると言われれば「もっとゆっくりしていってよ」などと言うには言うが…。
好況になることを願っているのに、少しでも安いものを求める消費者心理に起因。日本列島付近に停滞を続けているデフレスパイラル(安売り合戦による不況の蟻地獄)にダブらないではない。
春と夏の間に、えもいわれぬ日本的風情を醸し出す『梅雨』なども、あまりの長っ尻である時はホンネを言えば辟易して、勝手なものだ。
そういうホンネを承知しているかの如き猛暑が続き葉月が始まり、今月も当分は炎暑が続くという予報がある。
民主党は勝手に言い出しておいてマニフェストがどれだけ達成できたかと反芻されても、実現できなかった案件はどうするという道筋は曖昧模糊として、いつ実行できるというあてはない。
それにしても与野党そろって、どこに金が余っているのか、議員歳費の日割り削減案には挙って腰が重い。どうしてもやるという「みんなの党」。ホント、カラ約束にならないように…。ブログs花火.jpg
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2010年07月31日

風塵徒然草 2010 Jul 31

離岸流にやられて遭難したという人を助けに出たが、間に合わずに死亡して残念だったという。ときに海岸ではよく起きる事例ではある。
若い頃にサーファーもどきに遊んでいた頃、自分も離岸流に押し流されて遥か沖にもってゆかれてパニックになった経験がある。泳ぎにはいくらか自信はあったが、この「離岸流」というのは知らないととんでもないことになり、メカニズムを知らないで格闘して、疲労困憊の末に溺れそうになった。サーフボードにつかまっていれば死ぬほどのことはないはずなのに、芯から疲れると波にもまれているうちに腕の力さえ萎えて、しがみついているのがやっとのことになり、そういう状態で一キロ以上も陸地から離れると戻るのが至難のことになる。
離岸流は陸から沖へ引いて行く流れのことで、海底の形態によって起き易い場所があるとされており、横へ逃れながらその流れのないポジションから陸へ向かうしかないのだが、冷静沈着に判断しないと遭難の究極で溺れてしまうことも少なくない。
ライフセーバー君が助けようとした人は若い女性で、サーフボードも浮き輪も持たず、離岸流に出会ってパニックに陥り溺死したらしいとのこと。波の高い日の離岸流なら、よほどの体力と咄嗟の機転でもないと難を逃れるのは無理なことではある。これからが海の良好な時期だが、例年この時期に溺死者も多くなり、夏の海も恐ろしい。
侮ったわけではないだろうが、海山の遭難はちょっとしたことで起きて、行楽の中で命を落とすのはいかにも勿体無い。
サーフィン.jpg
posted by nekoyan at 11:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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